2011 年 9 月 2 日
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
国立精神・神経医療研究センター 功刀浩部長 研究グループが、
緑茶の旨味成分テアニンの向精神薬作用を明らかに
国立精神・神経医療研究センター 功刀浩部長 研究グループが、緑茶の旨味成分テアニン
(L-theani ne)の向精神薬作用を明らかにしました。
http: //www ncbi.nlm. nih. gov/pubmd/21861094
Behavioral and molecular evidence for psychotropic effects in L-theanine.
Wakabayashi C 1 , Numakawa T , Ninomiya M , Chiba S , Kunugi H .
Author information
1 Department of Mental Disorder Research, National Institute of Neuroscience, National Center of Neurology and Psychiatry, 4-1-1, Ogawahigashi, Kodaira, Tokyo 187-8502, Japan.
テアニンは緑茶に含まれる旨味成分であり、
リラックス効果をもつことが知られています。
疫学的研究から、
緑茶を多く飲む人は精神症状が少ない、という結果が報告されています。
また、テアニンは神経伝達物質であるグルタミン酸に構造が類似したアミノ酸であり、各種のグルタミン酸受容体に親和性を持つことも報告されています。
一方、実験動物を用いた向精神薬作用に関する詳細な検討これまで行われていませんでした。
国立精神・神経医療研究センター神経研究所の功刀浩部長、若林千里研究員らは、マウスを用いて、テアニンの向精神薬様作用とその分子メカニズムについて検討しました。
統合失調症では、その症状の 1つとして、感覚情報がうまく処理できないことが知られています。
これと同じ感覚情報処理障害を呈するマウスにテアニンを作用させたところ、その障害を改善する効果があることがわかりました。
さらに、テアニンを持続的に投与すると、抗うつ様効果や意欲改善効果があることも示唆されました。
この分子メカニズムについて検討したところ、テアニンを持続投与したマウスでは、脳由来神経栄養
因子というタンパク質が大脳辺縁系の海馬で増加していることがわかりました。これまでの研究から、
このタンパク質は神経細胞の生存やシナプス形成において重要な働きをもつこと、また、統合失調症
やうつ病患者の海馬等で精神疾患の無い人に比べて少ないこと、が知られています。この知見と本研
究の結果は、テアニンが統合失調症やうつ病の治療に有用である可能性を示唆しています。本成果は、
今後、臨床試験においてヒトにおいても検討を進めることが期待されます。
以上の研究結果は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムなどの助成を受けて行われ、2011 年
8月 23日に科学雑誌「Psychopharmcol ogy」のオンライン速報版
(http: //www ncbi . nl m ni h. gov/pubmd/21861094)に掲載されました。
【研究の背景】
L-theanine (2-Amino-4-(ethylcarbamoyl)butyric acid, N-ethyl-L-glutamine)は緑茶に含まれる旨味成分であり、
リラックス効果をもつサプリメントとして使用されています。緑茶を多く飲む人は精神症状が少ないとい
う疫学的研究結果は少なくありません。また、抹茶や玉露など高価なお茶には L-theanine の含有量が高い
傾向があることも知られています。L-theanine は脳内に最も豊富に存在する神経伝達物質である
グルタミン酸に構造が類似したアミノ酸であり、各種のグルタミン酸受容体に親和性を持つことが報告されています。しかし、実験動物を用いた L-theanine の行動に対する詳細な検討はこれまでなされていませんでした。
そこで、本研究では L-theanine の向精神薬様作用とその分子メカニズムについての検討を行いました。
【主な研究結果】
国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部の功刀浩部長、若林千里研究員らは、マウ
スに化学合成した L-theanine を単回投与または慢性投与(1日おきに3回/週、3週間)し、行動への影
響を解析しました。その結果、単回投与では MK-801(NMDA 型グルタミン酸受容体の拮抗薬)で誘導さ
れる感覚情報処理障害(驚愕反応に対するプレパルス抑制[PPI]の低下)を改善する効果が認められました。
この PPI の低下は、統合失調症の患者でみられることが知られており、抗精神病薬(統合失調症の治療薬)
は PPI を改善する効果をもつことが知られています。慢性投与では、ベースラインの(MK-801 を投与し
ない状態での)PPI を改善することが見出されました(図1)。さらに、慢性投与では、強制水泳テストの
無動時間を減少させました(図2)。これは、L-theanine が抗うつ効果や意欲を改善させる作用をもつ可能
性を示唆します。一方、不安様行動を評価する高架式十字迷路試験(EPMT)においては、生理食塩水投
与群とほとんど差はなく、抗不安様効果は認められませんでした。以上から、L-theanine はPPI で評価さ
れる感覚情報処理障害を改善する作用があること(抗精神病様効果)や抗うつ様効果があることが
示唆されました。
次に、その分子メカニズムについて検討されました。脳由来神経栄養因子(BDNF:Brain-derived
neurotrophic factor)は神経細胞の生存や突起伸展、そして神経活動依存的なシナプス可塑性において非常に
重要なはたらきを持っており、 BDNFやその受容体がうつ病や統合失調症患者の死後脳では減っていると
報告されています。従って、BDNF はうつ病や統合失調症などの精神疾患の鍵分子であると考えられてい
ます。そこで、L-theanine がこの BDNF の産生を促進する働きを持つのではないかと考え、生化学的手法
を用いてマウスの海馬および大脳皮質におけるBDNFや受容体のタンパク量についてウエスタンブロッ
ト法を用いて解析しました。その結果、L-theanine を慢性投与しマウスでは、記憶やストレス反応の制御
などを司る海馬という脳領域において、BDNF の発現が有意に増加していました。
また、 NMDA 受容体拮抗薬である MK-801 によって誘導された PPI の悪化を改善したことから、 NMDA
受容体への L-theanine の結合が予想され、これについて細胞生物学的に検討しました。ラット初代培養神
経細胞において、L-theanine は細胞内カルシウム濃度の増加を誘導し(図4)、さらにこれらの細胞内カル
シウム濃度変化は、NMDA 受容体拮抗薬である MK-801 または AP-5 の前処理によって部分的に抑制され
ました。このことから、L-theanine は神経細胞表面上の NMDA 受容体に結合して細胞内カルシウム濃度を
増加させることが示唆されました。この作用は BDNF 発現を増加させ、BDNF の増加が神経可塑的に作用
し PPI の改善や抗うつ様行動をもたらす可能性が示唆されました。
【今後の展開】
本研究によって、L-theanine が統合失調症やうつ病の治療薬として有用である可能性が示唆されました。
ごく最近、統合失調症患者を対象としたプラセボ比較試験において L-theanine が統合失調症の症状緩和に
有効であったという結果が、米国から報告されています。従って、L-theanine は、統合失調症やうつ病へ
の新たな治療薬として期待され、今後、ヒトにおける臨床試験に研究を展開していく予定です。
【論文名】
Wakabayashi C, Numakawa T, Midori Ninomiya M, Shuichi Chiba S, Kunugi H: Behavioral and molecular
evidence for psychotropic effects in L-theanine. Psychopharmacology 2011 Aug 23. [Epub ahead of print]
※ ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
<本発表資料のお問い合わせ先>
功刀浩 部長
国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 疾病研究第三部
〒 187-8502 東京都小平市小川東町 4-1-1
Tel & Fax:042-346-1714 (direct)
Email:hkunugi@ncnp.go.jp
<本リリースの発信元>
国立精神・神経医療研究センター
企画医療研究課(担当:佐味)
〒187-8502 東京都小平市小川東町 4-1-1
TEL :042-341-2711(内線 2118)
Email:ysami@ncnp.go.jp