はじめに――お茶の秘密を
科学する ―
一杯のお茶には、○○に効く○○を予防するといわれる数多くの天然成分が含まれており、 これらがまざりあって、独特の生体機能、香気・滋味を作り出しています。毎日,お茶を美味しく飲んでいるうちに、お茶の様々な成分が、知らず知らずのうちに、体 調を整え、健康を保つための役割を果たしていると思われます。
平安時代(805年)、僧の空海・最澄は、中国・唐から仏教茶種を持ち帰り、比叡山のふもとに植えたことから、日本の茶の文化が始まりました。そして、鎌倉時代(1211年)茶に関する科学書を、栄西禅師は、お茶は「延齢の妙薬、養生の仙薬」と言っています。 お茶が人類の歴史とともに、全世界に広がって、古代から現代まで長く飲まれてきたのには、 この冊子に取り上げられる10の秘密の話を、経験的に自然に感じとってきたからではないで しょうか。
最近の科学技術や医学の進歩により、これらの秘密が一つ一つ解き明かされつつあります。 今までに報告、指摘されたことをあげますと、抗がん、抗肥満、抗酸化(老化)抗ウィルス、 抗アレルギー、抗ストレス、抗菌等というように「抗」だけで代表される、防ぐ、予防する、 抑える、減らす、緩和する等の作用があげられています。特に飽食の時代に、体脂肪が減り血圧の上昇、動脈硬化、糖尿病やインフルエンザ等々に対 する予防、抑制効果に注目して欲しいと思います。
ひみつ その1 お茶は理想的な機能性食品
食は「自分自身で健康をコントロールできる最も身近な手段である」ことから、食生活を改善するともに、食品に含まれる機能性成分を多く、効率よく摂取することは、生活習慣病の予防に大変役立つと考えられます。食品の機能は、栄養面での働き(一次機能)、味や香りなど の嗜好面での働き(二次機能)、生理機能の向上、疾病の予防や症状の改善での働き(三次機能) に分類されますが、お茶は、嗜好性飲料として、また保健飲料として、主に二次および三次機能をもつ食品に当たります。理想的な機能性食品の条件を挙げますと、お茶 はこれらの条件を最もよく満たしている食品であるといえます。
また、わが国のように栄養過多が生活習慣病を誘発させ、問題となっている社会においては、一般的に浸出液として飲むお 茶は、その摂取カロリーがゼロに近いことや、食前、食後、あるいは食事中に水分補給ができ るという大きな利点をもっています。
現在、お茶の三次機能を中心とした研究は世界的規模で行われていて、その発表論文数は 10年前の約3.5倍にもなっており、緑茶や緑茶成分に関する報告がその6割以上を占めていま す。
お茶は鎌倉時代から精神修養的な要素をもって広まり、また”茶の湯”という独特の精神文 化を生み出す、などして発展してきた食品でもあります。このように二次と三次機能を合わせ もつお茶は、その精神的文化と機能性の科学をさらに融合させることによって、健康に果たす 役割の重要性が一層明らかになるものと思われます。
2-1 抗がん作用
今から25年ほど前に、静岡県のお茶どころ中川根町(当時)では胃がんによる年齢調整し た死亡比が低く、全国平均100に対し、男性では20.8、女性では29.2という驚くべき結果が 発表されました。この結果をお茶と関係づけた研究をきっかけに、一躍お茶の抗がん作用の研 究が進みました。多くのマウスやラットを使った実験では、発がん剤を投与した動物にお茶を 飲ませると、発がん率が減少すること、がん細胞を移植した場合もがんの増殖や転移が抑制さ れることが示されています。お茶には様々な成分が入っていて健康維持に役立ついろいろな作 用がありますが、抗がん作用の主な担い手は、緑茶ポリフェノールであるカテキンの中のエピ ガロカテキンガレート(EGCG)です。
がん細胞の培養液にEGCGを加えると、細胞の増殖が抑えられたり、細胞が死滅したりしま す。EGCGがこの作用を示すメカニズムはいくつか考えられますが、主なものはアポトーシス を誘導することです。アポトーシスは、不要な細胞が除かれていく時に起こる生理的現象です が、がん細胞に誘導すれば、がん細胞自身を死滅させることができます。
緑茶やカテキンが人に対しても抗がん作用があるかどうかはまだ確定していませんが、最近 の疫学調査研究で、お茶を飲む人は胃がん、前立腺がん、肝がん、卵巣がん、子宮内膜がんな どになる危険性が低かったという報告があり、臨床介入試験で緑茶カテキンが前立腺がん予防 に効果があったという論文もあります。これらのことは今後の臨床試験などで確かめていく必 要があります。最近、緑茶カテキンを軟膏とした製剤が良性扁平上皮腫瘍の一種である陰部に できるイボの治療剤としてアメリカFDAの認可を受け、現在、いくつかの臨床試験により治 療効果があることが認められています。
2-2 発がん促進の抑制
お茶のがん予防に関する研究が本格化したのは1980年代からで、試験管内の実験から始ま り、動物や人を対象とした研究へと進んできました。動物実験までの段階では、圧倒的に多く の事例でお茶は発がん抑制に有効であることが示されています。現在、人のがん予防において 茶の飲用が有効であるかどうかに 関心が向けられていますが、臨床 介入研究や疫学研究に多くの困 難が伴うため、国際機関(World Cancer Research Fund, 2007) は人のがん予防因子としての評価 を見送っています。
お茶の有効成分は、主にカテキ ン類と考えられており、これまで に発がん開始(突然変異)の抑制、 発がん促進・進展の抑制、がん細 胞のアポトーシス(自己死滅)促 進、がん転移の抑制、血管新生の 抑制など、いろいろな作用メカニ ズムが明らかにされてきました。
お茶の有効成分は、主にカテキ ン類と考えられており、これまで に発がん開始(突然変異)の抑制、 発がん促進・進展の抑制、がん細 胞のアポトーシス(自己死滅)促 進、がん転移の抑制、血管新生の 抑制など、いろいろな作用メカニ ズムが明らかにされてきました。
健康な人に対するがん予防には、コントロー ルするのが難しい発がん開始段階(突然変異) よりも、発がん促進段階(発がんプロモーショ ン)を標的にする方が効果的と考えられていま す。
お茶は発がん促進過程を抑制す ることによっても抗がん作用を発揮しますが、 活性成分はカテキンだけではないので、生活の様々な場面に合わせて好みのお茶を選び、保健 効果を期待しつつ、楽しく飲むのがよいでしょう。 (椙山女学園大学生活科学部教授 中村好志)
お茶のがん予防に関する研究が本格化したのは1980年代からで、試験管内の実験から始ま り、動物や人を対象とした研究へと進んできました。動物実験までの段階では、圧倒的に多く の事例でお茶は発がん抑制に有効であることが示されています。現在、人のがん予防において 茶の飲用が有効であるかどうかに 関心が向けられていますが、臨床 介入研究や疫学研究に多くの困 難が伴うため、国際機関(World Cancer Research Fund, 2007) は人のがん予防因子としての評価 を見送っています。
お茶の有効成分は、主にカテキ ン類と考えられており、これまで に発がん開始(突然変異)の抑制、 発がん促進・進展の抑制、がん細 胞のアポトーシス(自己死滅)促 進、がん転移の抑制、血管新生の 抑制など、いろいろな作用メカニ ズムが明らかにされてきました。
お茶の有効成分は、主にカテキ ン類と考えられており、これまで に発がん開始(突然変異)の抑制、 発がん促進・進展の抑制、がん細 胞のアポトーシス(自己死滅)促 進、がん転移の抑制、血管新生の 抑制など、いろいろな作用メカニ ズムが明らかにされてきました。
健康な人に対するがん予防には、コントロー ルするのが難しい発がん開始段階(突然変異) よりも、発がん促進段階(発がんプロモーショ ン)を標的にする方が効果的と考えられていま す。
お茶は発がん促進過程を抑制す ることによっても抗がん作用を発揮しますが、 活性成分はカテキンだけではないので、生活の様々な場面に合わせて好みのお茶を選び、保健 効果を期待しつつ、楽しく飲むのがよいでしょう。 (椙山女学園大学生活科学部教授 中村好志)
大腸ポリープ(腺腫)は大腸がんの前がん病変であり、大腸ポリープの切除は、大腸がんに なる危険性を減少させると考えられています。また大腸ポリープは、内視鏡を使って切除した 後も、数年の内に再発しやすいことが知られています。
内視鏡的に大腸ポリープを切除した患者さんに、普段通り緑茶を飲んでいただいた上で、緑 茶抽出物(1日1.5g)をサプリメントとして摂っていただいたところ、摂取していない患者 さんと比べて大腸ポリープができにくいこと(再発しにくいこと)、またポリープができたと しても、大きさが小さいことがわかりました。次に、日常の緑茶摂取量と大腸ポリープの再発 に関連があるか調べたところ、1日に平均10杯以上の緑茶を飲んでいる患者さんでは、ポリ ープが再発しにくいことがわかりました。 計算すると、大腸ポリープの再発を予防するためには、1日に約2.5gから3.0g以上の緑茶 抽出物を摂取することが必要と考えられます。緑茶を飲むことや、サプリメントを上手に用い ることで十分量の緑茶抽出物を摂取し、大腸ポリープの予防をめざしましょう。
(岐阜大学医学部教授 森脇久隆 岐阜大学医学部臨床講師 清水雅仁)
3-1 体脂肪が減る
高濃度茶カテキンを継続して摂取すると、体内の脂質代謝活性が高まり、エネルギーとして 脂肪を消費しやすくして、体脂肪を低減させる効果があることがわかりました。すなわち、や や太めの男女80名を2群に分け、食生活および運動量を日常生活そのままに維持した状態で 茶カテキンを含む飲料を1日1本、12週間継続して飲んでもらう試験を行いました。その結果、 高濃度茶カテキン飲料を継続して飲んだ群は、コントロール飲料を飲んだ群に比べて、体重、 BMI(体格指数)、腹部脂肪量(内臓脂肪量、皮下脂肪量)が減少することがわかりました。 また、多くの試験結果から、体脂肪を減らす効果は、①茶カテキンの摂取量と相関すること、 ②試験前に内臓脂肪が多い人ほど大きいこと、がわかりました。 これまでの研究結果から、高濃度の茶カテキンを継続して摂取することによって、日常活動 時の脂肪燃焼量や食事から摂った脂肪の燃焼量が増大すること、肝臓や筋肉での脂質代謝が活 発になることが確認されています。以上のことから、茶カテキンの働きにより脂肪がエネルギ ーとして消費されやすくなるため、体脂肪が減少すると考えられます。
(花王株式会社 ヒューマンヘルスケア研究センター 時光一郎、佐久間正)
近年、日本でも脂肪が多い西洋型の食生 活が一般的になっており、その結果、社会 問題にもなっているメタボ(メタボリック シンドローム)の患者さんが増えていま す。メタボの主な原因は肥満です。肥満に なると高脂血症や高血圧などになり、糖尿 病へと進展します。さらに、動脈硬化症の 原因ともなり、その結果、死につながる心 筋梗塞や脳卒中などの疾患が引き起こされ ます。わが国でも、すでに成人の5人に1 人が肥満であるといわれていますので、そ の予防が健康な生活を送るのに、とても大 事であることは言うまでもありません。
緑茶には肥満抑制作用(脂肪蓄積抑制作 用)があることが実験で確認されています。 マウスに緑茶粉末を2%混ぜた餌を4ヶ月 間与えたところ、餌を食べる量が変わらな いのにも関わらず、普通の餌を与えたマウ スと比べて、お腹の中の脂肪の量が約60 %も少なくなっていました。そして、血液 中や肝臓中の脂肪の量も著しく減少してい ました。さらに、緑茶の主要成分である茶 カテキンとカフェインの2つの成分を組み 合わせると、緑茶と同様の脂肪蓄積抑制作 用があることがわかりました。この抑制メ カニズムとして、茶カテキンとカフェイン が肝臓や脂肪細胞の脂質代謝を改善するこ とや体内の熱産生機能を促進することがわ かり、運動と緑茶成分の摂取を併用するこ とで効率よく脂肪が消費され、肥満が抑制 できることがわかりました。
(静岡大学農学部准教授 茶山和敏)あ
摂取した脂肪は、膵臓から分泌される消化酵 素(リパーゼ)によって分解され、小腸から吸 収され血管に入ります(図1)。このため、食 後に血中の中性脂肪が一時的に上昇し、その後 代謝されます。しかし、代謝異常等により血中 の中性脂肪が高い値を持続すると体脂肪や内臓 脂肪が蓄積して肥満の原因になることが知られ ています。肥満は、心筋梗塞や脳梗塞などの様々 な病気の危険因子となります。 動物実験により、緑茶に多く含まれるエピガ ロカテキンガレートなどのガレート型カテキン の投与では、血中の中性脂肪の上昇が抑えら れることがわかりました(J. Nutr., 135, 155, 2005.)。これは、膵臓から分泌されるリパー ゼの活性が抑えられて、脂肪の分解が緩やかに なったためと考えられます。
BMIが高めの人に、ガレート型カテキン90% 以上の茶カテキン215.3mgを含む飲料を1日 2本、食事の際に1本、12週間にわたり毎日 飲んでもらったところ、4週目から12週目ま で、BMIおよび体重が初期の値および対照群の 値に比べて低下しました。体脂肪や内臓脂肪も 12週目に低下しました(図2)。これは、ガレ ート型カテキンの作用により食後の血液中の中 性脂肪の上昇が抑えられたことが一つの要因と 考えられます。 なお、BMIは体重(Kg)÷(身長(m))2で計算 される値で、肥満度の指標です。
(㈱伊藤園生産本部担当部長 角田隆巳)
毎日120ml(湯のみ1杯程度)以上の緑茶を1年以上飲み続けている人は、緑茶を飲む習慣 がない人に比べて高血圧を発症する危険性が46%低い、という疫学調査の報告があり、習慣 的にお茶を飲むことによって高血圧を予防できる可能性が示されています。 緑茶の血圧への影響を調べるため、茶カテキンが主成分である緑茶ポリフェノールの水溶液 を高血圧モデル動物に3週間飲ませると、高血圧モデル動物は加齢に伴って血圧が上昇します が、緑茶ポリフェノールを与えた緑茶群では血圧上昇が抑制されました。
また、緑茶群では血管を拡張させる一酸化窒素が血中で増加しており、その血管を調べると 活性酸素除去酵素であるカタラーゼが増加し、血管平滑筋細胞の収縮が抑制されていることが わかりました。
体内の過剰な活性酸素は様々な 病気の発病・進展に関与しており、 高血圧患者でも正常血圧の人に比 べて活性酸素が増加していること が報告されています。緑茶ポリフ ェノール自身も活性酸素を除去す る働きがありますが、緑茶を飲む と、体内の活性酸素除去酵素が増 え、血管拡張が促進される結果、 血圧上昇が抑えられると考えられ ます。
(武庫川女子大学薬学部教授 池田克巳 武庫川女子大学薬学部助教 安井菜穂美)
脳卒中は介護が必要となった原因の第1位
脳卒中とは、脳の血管が詰まったり(脳梗塞)、破れたり(脳出血、くも膜下出血)するこ とにより、脳内の細胞の一部が壊死したり、働きが悪くなってしまい、手足の麻痺や意識障害 などの神経症状があらわれた状態をいいます。脳卒中は、かつては死因の第1位でしたが、治 療法の進歩や血圧の管理により死亡数は減っており、現在では、悪性新生物(がん)、心疾患 に次いで、第3位となっています。しかし、脳卒中の患者数は、高齢化に伴い、今後も増加す ることが予測されています。 脳卒中の特徴は、後遺症として身体機能障害や精神機能障害が残ることで、介護が必要とな った原因の第1位となっています(図)。すなわち、脳卒中になると、患者さんはもちろんのこと、 その家族にとっても、大きな負担がかかることにつながりますので、その予防や脳卒中発症時 の脳障害を軽減することはとても重要です。
遺伝的に高血圧を発症して、その後、脳出血を起こす実験動物モデルである脳卒中易発症性 高血圧自然発症ラットに、緑茶より抽出した茶カテキン(ポリフェノンEⓇ、エピガロカテキ ンガレート58.4%含有)の0.5%水溶液を若い頃から飲ませると、水を飲ませたラットに比べ て血圧の上昇が穏やかとなり、脳出血が起こりにくくなることが明らかとなりました。また、 茶カテキン製品であるポリフェノンEの0.5%水溶液を5日間飲ませたラットを用いて、一時 的に脳血流を止めて実験的な脳梗塞を起こさせた場合においても、水だけを飲ませたラットに 比べて、脳障害の程度が小さく、神経症状も軽くなることがわかりました。 これらの茶カテキンによる脳卒中予防効果・脳障害軽減効果は、茶カテキンがもつ、血圧を 上昇させるホルモンの生成を抑える作用や、脳卒中が起きたときに生成される活性酸素を除去 する作用が関係していると考えられます。(近畿大学医学部講師 田渕正樹)
コレステロールは細胞膜の構成成分であり、低密度リポタンパク質(LDL)はこのコレステ ロールを肝臓から血管を通って末梢組織へ運ぶ重要な役割をしています。末梢組織はコレステ ロールを十分取り込むとそれ以上コレステロールを取り込みません。そのため必要以上のコレ ステロールがあると血液中のLDL濃度が上がってきます。長期間LDLが血液中にあるとLDLは 内皮下に浸潤し、酸化されて酸化LDLとなります。この酸化LDLは血管の一番内側にある内皮 細胞を傷つけ、血栓ができやすい状態にします。血液中の白血球の一種である単球は、酸化 LDLを見つけるとそこへ集まり、分化してマクロファージとなって酸化LDLを食べて除去しま す。マクロファージは酸化LDLがなくなるまで食べ続けますが、食べきれないと泡沫化細胞と なり、最終的には死んでしまいます。つまりコレステロールをたくさん食べたマクロファージ の死骸が血管内(内皮下)に残るのです。これが動脈硬化巣形成の始まりです。
このことから、LDLが酸化LDLになるのを防ぐことが動脈硬化の発症・進展の抑制に重要 であると考えられます。ブタ血液より取り出したLDLを酸化させる実験で、エピガロカテキ ンガレート(EGCG)やエピカテキンガレート(ECG)などの茶カテキンがこの酸化を強く 抑制することがわかりました。また、血栓の形成に重要な働きをする血小板の凝集もEGCG やECGが強く抑制することが認められました。次に、緑茶より抽出した茶カテキン(商品名 ポリフェノンE、EGCGを約60%含む)300 mgを朝夕1日2回、1週間与えた後、血液から LDLを調製して、どのくらい酸化されているかを調べたところ、ポリフェノンEを摂取してい ない人に比べてLDLの酸化の程度が低いことがわかりました。また、動脈硬化を発症するマウ スにポリフェノンE(0.08% 水溶液)を14週間飲ませると、大動脈の動脈硬化巣の面積が小 さくなることがわかりました。 以上のことから、緑茶を飲むと、 茶カテキンが消化管から吸収され て血中に入り、LDLの酸化が抑え られて、動脈硬化の発症・進展が 予防できると考えられます。茶カ テキンは水溶性のため、比較的速 やかに腎臓から尿中に排出されて しまいます。茶カテキンの血中濃 度を維持するためには、一日数回 緑茶を飲むことが必要です。
(富士常葉大学・大学院環境防災研究科 社会環境学部教授 池田雅彦)
デンプンや砂糖などの糖質を含む食品を食べると、血糖値が上昇します。これは、糖質が小 腸にある消化酵素によって分解され、吸収されて血中に入るためです。血糖値が上昇すると、 インスリンが分泌され、血糖値を正常値まで下げるように働きます。健康な人の血糖値は、イ ンスリンなど様々なホルモンの働きによって一定の範囲内に調節されています。この血糖値の 調節機能が何らかの原因で低下し、血糖値が高くなってしまう状態が糖尿病です。
茶カテキンの血糖上昇抑制作用 茶カテキンには、糖質の吸収を穏やかにする働きがあります。食品中の糖質は、小腸で消化 酵素(α-グルコシダーゼ)によってブドウ糖や果糖などに分解された後、体内に吸収されます。 茶カテキンは、このα-グルコシダーゼの活性を抑えることで、体内への糖質の吸収量を減少 させ、血糖値を低く抑える働きをもっています。
(武庫川女子大学生活環境学部教授 松浦寿喜)
糖尿病は、食後の高血糖や高血糖状態の慢性化など血糖値が病的に高い値を示す病態です。 糖尿病にはいくつかのタイプがあり、わが国の糖尿病の約9割が食事や運動など様々な生活習 慣が原因となって起こる2型糖尿病であるといわれています。高血糖状態を治療せずに長期に 放置すると、毛細血管の障害がおこり、網膜症、腎症、神経障害などの糖尿病合併症の起こる 頻度が高くなります。糖尿病の治療は病因や重症度によって異なりますが、2型糖尿病初期に おいては、特に重要な食事療法と運動療法に加えて、薬物療法による血糖値のコントロールが 行われます。糖尿病治療薬としては、腸管からのブドウ糖吸収阻害、インスリン分泌刺激、末 梢インスリン感受性改善、糖新生抑制、などの作用をもつものが使われています。糖新生とは、 体内で糖以外の物質(乳酸やアミノ酸など)からブドウ糖ができることをいいます。 培養細胞や動物を使った実験により、茶カテキンはアミラーゼ活性の阻害、肝糖新生の抑制、 膵細胞の保護、インスリン分泌の促進、筋肉へのブドウ糖取り込みの促進、抗炎症作用など実 にいろいろの作用を通して抗糖尿病作用をあらわすことがわかってきました。実際に、人の糖 負荷試験においても、緑茶の血糖値抑制効果が認められています(図)。さらに、緑茶には同 様の効果を示すカテキン以外の成分が存在することも明らかになっています。 このように、緑茶を飲むと、そこに含まれる種々の緑茶成分によるマルチな作用メカニズム によって、糖尿病の予防や改善ができると考えられます。糖尿病は肥満症や動脈硬化症などの 他、肝臓がんや大腸がんなどのリスクを高めるので、習慣的に緑茶を飲むことは様々な疾病の 一次予防に役立つと期待されます。
(静岡県立大学食品栄養科学部助教 三好規之)
4-1 ウイルス感染を防ぐ
緑茶にはインフルエンザの原因となるウイルスや小児の風邪の原因となるウイルスに直接作 用して、これらのウイルスの感染を無力化する成分が含まれています。茶カテキンはその代表 です。インフルエンザウイルスは、ウイルス粒子の表面からスパイク状に突き出した2種類の タンパク質を利用して喉や鼻腔の細胞に感染します。茶カテキンは、スパイクタンパク質に直 接作用して、その働きを抑えることでインフルエンザウイルスの感染を防ぎます。茶カテキン の中でも特にエピガロカテキンガレート(EGCG)が強い作用を示すことが明らかになってい ます。また、茶カテキンとは異なりますが、乾燥茶葉中に0.5%程度含まれているストリクチ ニンと呼ばれる成分も、インフルエンザウイルスや小児の風邪の原因となるウイルスの感染を 強力に抑えることが明らかになってきました。ストリクチニンの作用は茶カテキンとは異なっ ていて、ウイルス膜と細胞膜が結合するのを邪魔することによって、ウイルスの感染を防ぐと 考えられます。
(静岡県立大学薬学部教授 鈴木 隆)
インフルエンザの予防対策
インフルエンザは、主に冬季になると猛威を振う急性の重症上気道感染症です。感染はイン フルエンザウイルスによって起こり、飛沫や接触により流行が拡がります。感染力が非常に強 く、肺炎、脳症に進展することもあり、その予防対策は非常に重要です。インフルエンザの予 防対策には、ワクチンの接種、手洗い、マスクの着用、うがいの励行などがありますが、どの 方法を取ってみても万全とはいえません。このような予防対策に加え、最近、茶カテキンでう がいすることや、緑茶を飲んでインフルエンザを予防しようという試みが注目されています。
茶カテキンのうがいによるインフルエンザ予防効果
茶カテキンは、インフルエンザウ イルスの表面にある突起(スパイ ク)に結合し、宿主細胞表面へのウ イルスの吸着を阻害して感染を防ぎ ます。この効果は、インフルエンザ ウイルスの型にはよらないといわれ ています。 茶カテキンのうがいによるインフ ルエンザ予防効果を調べるために、 特別養護老人ホームの入所者を対象 とした臨床研究が行なわれました。 緑茶カテキン抽出物(総カテキン濃 度200μg/mL、市販されている通 常の緑茶ペットボトル飲料の約半分 の濃度)で1日3回、3ヶ月間うが いをした結果、水のうがいと比べて、 インフルエンザの発症が減少したこ とがわかりました。
緑茶の飲用によるインフルエンザ予防効果
緑茶にはカテキン以外にも、テアニン、ビタミンCといった感染に対する免疫力を高める成 分が含まれていますので、緑茶の飲用によるインフルエンザ予防効果も十分期待されます。実 際、静岡県茶産地の菊川市の全小学校児童を対象とした疫学調査では、1日1~5杯の緑茶を 飲む習慣をもつ児童は、1日1杯以下の場合と比べてインフルエンザの発症が少ないことがわ かりました。
(静岡県立大学薬学部教授 山田 浩)
5-1 免疫力の賦活
冬が近づくと誰もが気になる風邪やインフルエンザ。生体 は、免疫系の活性と抑制のバランスをうまく制御することに より、病原体が体内に侵入するのを防いでいます。しかし、 様々な原因で免疫能力が低下する、すなわち病原体に対する バリアが弱まると、感染症にかかる危険性が高くなります。
粘膜免疫系の働きを良くするエピガロカテキン(EGC)
呼吸器や消化器などの外界と接する粘膜は、病原体の主な 感染経路となっています。粘膜免疫系は、病原体が粘膜か ら侵入してくるのを防いでいる免疫システムであり、生体 防御の最前線ともいえます。カテキンの1種であるEGCには粘膜免疫系の働きをよくする効 果があることが確認されています。しかし、このEGCの働きは、エピガロカテキンガレート (EGCG)によって弱められてしまいます。熱湯で緑茶を淹れるとEGCGが浸出しやすくなる ため、EGCの効果が弱まってしまいます。冷水で緑茶を淹れる(水出し緑茶)と、浸出液中 のEGCGが少なくなり、EGCの効果が発揮されやすくなります。粘膜免疫系を活性化して病 原体の侵入を防ぐためには、冷水で淹れたお茶を飲むのがよさそうです。
((独)農研機構 野菜茶業研究所 主任研究員 物部真奈美)
アレルギーは、粘膜にあるマスト細胞や血液にある好塩基球上にIgEという免疫グロブリン とアレルゲンが結合してヒスタミンが放出されることによって始まる過剰な免疫反応です。
メチル化カテキンは、エピガロカテキンガレート(EGCG)やエピカテキンガレート(ECG) のガレートの一部がメチルエーテル化された茶カテキンで、「べにふうき」、「べにほまれ」な どの品種に多く含まれています。メチル化カテキンは、マスト細胞や好塩基球でのヒスタミン 放出を強く抑えることによって抗アレルギー作用を発揮することがわかっています。
メチル化カテキンの効果
メチル化カテキンを乾物重量で1.5-2.5%含んでいる「べにふうき」緑茶を、1日あたりメ チル化カテキン量が34mg以上になるようにスギ花粉症の症状を持つ人に長く飲んでもらい、 メチル化カテキンを含んでいない「やぶきた」緑茶を飲んだ人と比べました。その結果、「べ にふうき」を飲むと花粉飛散後の鼻かみ回数や目のかゆみなどの症状が軽減することがわかり ました(下左図)。また、「べにふうき」を花粉飛散1.5ヶ月前から飲んでいた人は、花粉飛散 後から飲み始めた人と比べると、鼻かみ回数、涙量、鼻のアレルギー症状、咽頭痛などで症状 が軽減しました(右左図)。通年性アレルギー性鼻炎の人でも同じような効果が得られています。 また、アトピー性皮膚炎をもつ小児に「べにふうき」エキスを混ぜたクリームを8週間塗布 したところ、ステロイドホルモン剤の使用量がクリームのみの場合に比べて、少なくなったこ とも報告されています。
((独)農研機構 食品総合研究所 食品機能研究領域長 山本(前田)万里)
6-1 肌の老化予防と美容に効果
ビタミンは人の健康や生命の維持に必須の微量栄養素として、20世紀の全般に発見された もので、現在13種類が知られています。それらは、水溶性のもの(ビタミンB1、B2、B6、 B12、C、ナイアシン、パントテン酸、ビオチン、葉酸)と油溶性のもの(ビタミンA、D、E、 K)に大別されます。茶葉には、これらビタミン13種類のうち、ビタミンDを除く12種類の すべてが含まれています。
ビタミンの中で、美容効果に優れ、皮膚や血管の老化を防ぐビタミンとして知られるビタミ ンCは、茶葉の他、新鮮な野菜や果物に豊富に含まれているので、欠乏になることは少ないの ですが、ビタミンCは、熱に弱く、例えば、ほうれん草など、茹でて食べる食材では葉から溶 出したり、分解したりして、条件によっては半分位に減ってしまいます。
しかし、茶葉(煎茶) の場合は違います。茶葉の場合は、本来、茶葉から湯で溶出される浸出液を摂取することと、 茶葉に豊富に存在し、強い抗酸化力を発揮する茶カテキン(バイオフアクターの一種)が同時 に溶出されてきて、ビタミンCの分解を防ぐので、ビタミンCを効果的に摂取できるのです。 これは、ビタミンCに限ったことではなく、他の水溶性ビタミンについてもいえます。また、 抹茶の場合には、油溶性のビタミンについても同様なことがいえます。 このようなお互いの“共存効果”は、人の体内でも“リサイクル効果”あるいは“節約効果” として、近年認識されるようになってきました。例えば、各細胞の膜中にあって、細胞膜の安 定化に寄与するビタミンEは、一旦酸化されても、細胞の外側にあるビタミンCによって、元 のビタミンEに戻されるのです。 茶葉には、多くのビタミンやバイオファクターがバランスよく共存しているので、それらす べてを効率よく摂取することによって、“総合ビタミン剤”、あるいは“スーパーサプリメント” としての価値を享受できるものと思われます。
各種のビタミンやカテキンは細胞膜の内側や外側にあって、互の機能を補完する(吉川敏一、ビタミンブックより)。
( 静岡県立大学名誉教授 冨田 勲 )