ひみつ その6 老化と認知症の予防
6-1 肌の老化予防と美容に効果
ビタミンは人の健康や生命の維持に必須の微量栄養素として、20世紀の全般に発見された もので、現在13種類が知られています。それらは、水溶性のもの(ビタミンB1、B2、B6、 B12、C、ナイアシン、パントテン酸、ビオチン、葉酸)と油溶性のもの(ビタミンA、D、E、 K)に大別されます。茶葉には、これらビタミン13種類のうち、ビタミンDを除く12種類の すべてが含まれています。
ビタミンの中で、美容効果に優れ、皮膚や血管の老化を防ぐビタミンとして知られるビタミ ンCは、茶葉の他、新鮮な野菜や果物に豊富に含まれているので、欠乏になることは少ないの ですが、ビタミンCは、熱に弱く、例えば、ほうれん草など、茹でて食べる食材では葉から溶 出したり、分解したりして、条件によっては半分位に減ってしまいます。
しかし、茶葉(煎茶) の場合は違います。茶葉の場合は、本来、茶葉から湯で溶出される浸出液を摂取することと、 茶葉に豊富に存在し、強い抗酸化力を発揮する茶カテキン(バイオフアクターの一種)が同時 に溶出されてきて、ビタミンCの分解を防ぐので、ビタミンCを効果的に摂取できるのです。 これは、ビタミンCに限ったことではなく、他の水溶性ビタミンについてもいえます。また、 抹茶の場合には、油溶性のビタミンについても同様なことがいえます。 このようなお互いの“共存効果”は、人の体内でも“リサイクル効果”あるいは“節約効果” として、近年認識されるようになってきました。例えば、各細胞の膜中にあって、細胞膜の安 定化に寄与するビタミンEは、一旦酸化されても、細胞の外側にあるビタミンCによって、元 のビタミンEに戻されるのです。 茶葉には、多くのビタミンやバイオファクターがバランスよく共存しているので、それらす べてを効率よく摂取することによって、“総合ビタミン剤”、あるいは“スーパーサプリメント” としての価値を享受できるものと思われます。
各種のビタミンやカテキンは細胞膜の内側や外側にあって、互の機能を補完する(吉川敏一、ビタミンブックより)。
( 静岡県立大学名誉教授 冨田 勲 )
わが国では高齢者が急速に増加していますが、それに伴い認知症の患者数も急増しています。 認知症は高齢になるほど患者数が増えることから、「年をとること(加齢)」は認知症の最大の 危険因子です。またアルツハイマー病を含め認知症は、完全に治癒できる方法がまだないこと から、「予防」が最も重要となります。「年をとること」は止められませんが、老化を予防する ことにより、認知症となる危険率を低 下させることは可能です。
緑茶にはカテキンという渋みの成分 や、テアニンという旨みの成分などが 含まれていますが、この茶カテキンと テアニンには老化、特に脳の老化を、 予防する効果があることがわかってきました。 私たちの体の中で過剰に産生される活性酸素は酸化傷害を引き起こし、その蓄積が老化の一 因となっていると考えられています。茶カテキンは強い抗酸化作用を示すことから、ネズミに 茶カテキンを毎日飲ませたところ、活性酸素による酸化傷害が減り、加齢に伴って認められる 脳の萎縮や学習・記憶能の低下も抑えられることが明らかとなりました。一日数杯の緑茶を飲 んでいる人では、飲まなかった場合に比べて脳の老化が抑制されているのではないかと考えら れます。
また、現代はストレス社会といわれ、多くの人が何らかのストレスを抱えています。長期に わたるストレスは、「うつ」や認知症などの引き金となるだけでなく、老化を促進すると考え られています。実際、ネズミに長期にわたりストレスを与えると、寿命が短くなることが明ら かとなりました。それに加え、脳の萎縮や学習・記憶能の低下が促進されることがわかりまし た。
しかし、同じようにストレスを受けていても、テアニンを摂取していた場合は、ストレス による寿命の短縮や脳の老化の促進が抑えられることが見出されました。このようなテアニン の抗ストレス作用は、緑茶に含まれるカテキンやカフェインによってある程度打ち消されてし まうのですが、テアニンを多く含むお茶を飲むことによって、テアニンの抗ストレス効果が発 揮されることもわかってきました。美味しいお茶を毎日飲むことにより、知らないうちにストレスに打ち勝つ力も身につくと考えられます。 以上のことから、緑茶に含まれる茶カテキンやテアニンは脳の老化を防止することにより、認知症予防の効果をもつと推察されます。
(静岡県立大学薬学部准教授 海野けい子)
7-1 お茶を飲むとホッとする
新茶や美味しいお茶を飲むと、その味だけでなく、香りや色からもホッとします。この現象は、お茶に含まれる成分で説明できるようになってきました。緑茶特有のアミノ酸であるテア ニンは、脳で重要な働きをしているグルタミン酸に化学構造が似ています。そのため、テアニ ンも脳で何か作用をしているのではないかと考えられます。いくつかの動物実験の結果、動物 に与えたテアニンは、脳に取り込まれ、脳内の神経伝達物質に影響を及ぼすことがわかりまし た。神経伝達物質とは、記憶・学習、情緒、睡眠、食欲など、各種の行動をコントロールしている物質なので、テアニンが脳の働きにも影響を与える可能性を調べるために、いくつかの記憶・学習に関する試験を行いました。その結果、テアニンをラットに与えると、記憶・ 学習に関係する脳機能の改善がみられまた。
脳波への影響:リラックス効果
人に対するテアニンの影響を調べるために、まず脳波を測定しました。その結果、テアニンを摂取してから30-40分後に、リラックスした状態の時に出るα波の放出頻度が増加しまし た。そこで、テアニンにはイライラを鎮める効果があると考え、女性特有のイライラ現象である月経前症候群(PMS)に対するテアニンの効果を調べました。PMSの症状のある 女性に排卵予定日から月経までの期間、本人にはわからない状態で、テアニンまたは偽薬を飲 んでもらった結果、精神的な愁訴に対しても、あるいは身体的な愁訴に対しても、テアニンは 症状を改善しました。昔から「お茶を飲むとホッとするね」といわれているのはこのことだと 言えると思います。現代のようにストレスの多い社会では、リラックスするひとときを持つこ とは大切であり、高齢化による脳機能の低下を防止する上でも、緑茶は大変に有用な飲料であると思います。
(静岡県立大学名誉教授 横越英彦)
茶葉には抗酸化性のあるビタミンCやカテキン類などが豊富に含まれています。これらは、 水やお湯に良く溶けて、お茶として飲むことによって、手軽に体内に摂り入れることができま す。よく知られているように、ビタミンCは、体タンパク質の約30%を占めるコラーゲンの 生成に不可欠の栄養素であり、また生体組織を構成するタンパク質や脂質、炭水化物、さらに は、DNA(核酸)の過酸化を防ぎ、体内代謝や情報伝達の健全性を維持する上で、極めて重 要な役割を果たしています。一方、茶カテキン、特にEGCGは、少なくとも試験管内のいろい ろな実験で、ビタミンCを上回る強い抗酸化性があることがわかっています。
私達は、毎日、空気中の酸素を体内に取り入れ、食事由来の食品成分を酸化的に代謝して、 エネルギーに変えて生活していますが、精神的、肉体的に強いストレス(不安や恐怖、死別、 外界からの強い光や、放射線、様々な化学物質)を受けると、この酸素の一部は、活性酸素・ フリーラジカルとなり、いわゆる“酸化ストレス”を引き起こします。そして、がんや循環器 系の疾患、呼吸器系、消化器系の疾患など、多くの病気の原因となります。この生体内で生じ る活性酸素・フリーラジカルとすばやく反応して、無害にするのが、実はビタミンCや茶カテ キンです。 お茶、あるいは茶カテキンを1ヶ月連続して摂取した人の体内でのDNA(核酸)の酸化生 成物8-OHdG(8-ヒドロキシデオキシグアノシン、突然変異やがんに関連するバイオマーカー) が、それらを摂取する前の尿や血中の値に 比べて低いことが証明されています。また、 血中LDL(いわゆる悪玉コレステロール) の酸化(動脈硬化の発症に深く関連するバ イオマーカー)に及ぼす緑茶抽出物の効果 を調べた研究では、緑茶抽出物300mgを 1日2回、朝食および夕食前に1週間摂取 した22名のボランテアの血中LDLの抗酸 化性は、緑茶抽出物を摂取しなかった場合 に比べて増加していることが明らかになっ ています(図)。 以上の他に、お茶にはリラックス作用があるといわれるテアニンが入っています。 “抗ストレス飲料”としてのお茶を常日頃から飲むことにより、生活習慣病の発生や老化を 防ぎ、身心ともに健康な状態が維持できるものと思われます。
(静岡県立大学名誉教授 冨田 勲)
近年、放射線の生体への影響が大きな問題となっています。放射線はα線、γ線、X線など に分類され、これらによって体の中の水が分解されて、不安定なヒドロキシラジカルなどの活性酸素種(ラジカル種)ができます。これらのラジカル種は体の構成成分である核酸、タンパ ク質、脂質などと反応して、さまざまな障害を引き起こし、場合に よっては発がんにもつながるとい われています。したがって、放射 線被爆による様々な影響を減らす ことは、健康的な生活を営む上で 重要です。
これまでに、緑茶抽出 液に放射線防護効果があることが 報告されています。茶カテキンな どの緑茶に含まれる成分が、ラジ カル種を消去し、さまざまな障害 を取り除きます。
実際に、マウスにγ線を照射し、 それによって引き起こされる染色 体異常に対する緑茶抽出液の効果を調べた結 果、緑茶抽出液は染色体異常を減らすことが わかりました。また、この作用には 緑茶およびカテキンなどの抗酸化力(ラジカ ル種消去作用)が寄与していることもわかり ました。
緑茶は日本人が日常的に摂取している飲料 であり、継続的に放射線の影響を受けた場合 でも、その防護効果が大いに期待できます。
(静岡県立大学食品栄養科学部准教授 増田修一)
9-1 食中毒予防の切り札
細菌性食中毒は食中毒の約5割を占め、毎年1万人前後が発症しています。原因菌としては カンピロバクター、サルモネラ、黄色ブドウ球菌、腸炎ビブリオ、腸管出血性大腸菌O‒157 などが主なものです。細菌性食中毒は2つのタイプに分かれ、カンピロバクター、サルモネラ、 腸炎ビブリオは感染型で、黄色ブドウ球菌、O‒157は毒素型です。黄色ブドウ球菌は、食べ 物内で増殖して腸管毒を作り出します。この毒素を食べ物といっしょに摂取することで食中毒 が起こります。O‒157は食べ物といっしょに摂取された後、腸管内で増殖する時に、べロ毒 素を作り出して食中毒を引き起こします。
お茶に含まれるカテキンが殺菌作用と抗毒素(解毒)作用をもつことは実証されています。 茶カテキンは、多くの病原菌の細胞膜や細胞壁を破壊し、抗生物質と同じような作用で殺菌し ます。また、茶カテキンは、病原菌が作り出す多くの毒素に瞬時に結合して毒素の力を失わせ、 抗毒素抗体と似た作用で解毒します。茶カテキンの殺菌作用と抗毒素作用は、日常飲んでいる お茶に含まれるカテキン量で充分に発揮されます。茶カテキンのなかではエピガロカテキンガ レート(EGCG)がこの作用の主な担い手です。茶カテキンは、細菌性食中毒原因菌のほとん どを数時間から24時間以内に殺菌することができます。O‒157の場合、1万個の細菌が、日常飲んでいる濃度のお茶1mlで3時間から5時間のうちに完全に殺菌されます。ごく 少量の茶カテキンが腸管毒やべロ毒素を解毒することは、試験管内の実験だけでなくマウスを 使った感染実験でも実証されています。
茶カテキンは酸に強い性質をもち、また体内に摂取された茶カテキンは大腸まで到達します。 それゆえに、食事中や食後に飲むお茶は、胃や腸管の中で食中毒原因菌や毒素に対して殺菌作用および抗毒素作用を発揮して、食中毒を予防できるのです。カテキンを多く含む一煎目のお 茶がお勧めです。この食中毒予防効果は、カテキンを含む緑茶のみならず、ウーロン茶や紅茶 (茶カテキンと同じような効果をもつテアフラビンを含んでいる)にも期待できます。緑茶が 渋くていやだという子供には砂 糖入りの紅茶を飲ませるとよい でしょう。ただし、テアフラビ ンがミルク中のタンパク質と結 合し、殺菌作用や抗毒素作用が 失われることになるので、ミル クティーは避けましょう。緑茶 の場合も、食中毒の予防のため には、牛乳と一緒に飲まない方 が賢明でしょう。
(昭和大学名誉教授 島村忠勝)
9-2 虫歯の予防、口腔内衛生の改善作用
普段からお茶を飲む日本人、食後にはお茶を口に含み、漱ぎ飲みします。すると、口の中が サッパリし、また食べ物の臭いなども消えてしまいます。さらに、虫歯や歯周病などの原因菌 に対しても抗菌作用を発揮することが様々な研究でわかり、人でも確かめられてきました。
虫歯菌は、口の中で砂糖があると不溶性の粘着性グルカンを作り、これが他の微生物ととも に歯に付着し歯垢を作ります。この歯垢の中で酸が作られ、この酸によって歯のエナメル質が 溶け、虫歯になります。茶カテキンは、虫歯菌に対して抗菌性を示し、またグルカンを作る酵 素(グルコシルトランスフェラーゼ)の働きを抑え、虫歯菌が歯に付着することを抑えます。
このような茶カテキンの色々な作用で虫歯を予防改善することがわかってきました。また動物 実験では、甘いお菓子(キャラメル、チョコレートやキャンディなど)に茶カテキンを配合す ると、虫歯になりにくいこともわかっています。こうした茶カテキンの効果を活かして、様々 なお菓子や歯磨き、赤ちゃん用のウエットティッシュなどが開発されています。
一方、歯周病も虫歯と並んで歯を失う口の病気で、中高年層にとって、その予防治療は老後 の健全な食生活に重要です。歯周病は、歯と歯茎の間の歯周ポケットに歯垢が溜まり、細菌が 繁殖して歯周炎を起こし、歯槽骨が吸収されるとともに、歯茎が退行して、最後には歯が抜け てしまいます。茶カテキンは、歯周病の原因菌に対して抗菌性をあらわし、歯槽骨の吸収に関 係するコラゲナーゼなどの酵素活性を抑えます。茶カテキンは試験管内実験や動物実験の場合 と同様に、歯周炎患者においても効果を発揮して歯周病を改善することが確かめられています。
茶カテキンには、口臭を改善する効果もあります。口臭は、生理的や病的な口臭、飲食品や 嗜好品からくる口臭があります。前者は、体の代謝や分泌物の質や量が原因となる場合や虫歯 や歯槽膿漏などの口腔疾患による場合があります。後者は、喫煙、飲酒、ニンニクなどが原因 であったり、口の中に残った食べ物の粕が腐敗したり酸化したりして臭いを発する場合があり ます。茶カテキンは、直接臭いの成分と化学的に結合したり、虫歯菌や歯周病菌の繁殖を抑え たり、また油脂などの酸化を抑えることによって口臭を改善します。このような消臭効果を利 用して、ガム、キャンディ、サプリメントなどに茶カテキンが使われています。
(太陽化学㈱ 大久保勉)
最近、厚生労働省から静岡県は都道府県で一番健康寿命が長いと発表されました。静岡県は、 肥満度も低い方ですし、がん標準化死亡率も低いことが注目されます。
脳・心臓血管障害などの動脈硬化性疾患 は、治療・リハビリ・介護などで長期にお金 のかかる病気です。静岡県総合保健センタ ーが発表した自治体別の統計によると、脳 梗塞・脳内出血・虚血性心疾患などの5項 目において、掛川市はどの項目についても 県平均より患者数が少なく、健康指標に優 れた地域であることがわかります。
お金のかかる病気にならず健康で長生きするためには、やはり最も大切なのは予防です。代 表的な生活習慣病である動脈硬化をきたす原因の中でも、最近メタボリックシンドローム(メ タボ)が注目されています。メタボは、肥満に高血圧・脂質異常・糖尿病などが2つ以上重な った状態をいいます。緑茶を飲む習慣が、動脈硬化やがんなどを減らし、健康を維持・増進す る効果があるかを調べる目的で始まったのが、掛川スタディという、大規模栄養疫学調査です。
研究の一環として、「やぶきた」、「べにふうき」の2種類の緑茶のエキスと偽物を飲み比べ、 動脈硬化の指標が改善するかを調べました。それぞれの粉末をカプセル化し、試験参加者だけ でなく研究者側も、だれが何を飲んでいるのかわからないようにして行う、無作為二重盲検法 という信頼性の高い研究方法を採用しました。3か月間という短期間の服用でしたが、悪玉の LDL-コレステロールの値が、「やぶきた」摂取群および「べにふうき」摂取群で低下しました。
また、善玉のHDL-コレステロールの値が、「べ にふうき」摂取群で上昇しました。腹囲は、「やぶきた」 摂取群で小さくなりました。これらの結果から、緑茶 が動脈硬化を改善することが推測されますが、実際に 動脈硬化自体が改善されているかを確認する必要があ ります。
緑茶をよく飲むという生活習慣が、動脈硬化性疾患 やがんなどを減らすのか、お金をかけずに健康で長寿を迎えるのに役立つのか、を確かめるに は、5年、10年あるいはそれ以上の長期にわたる追跡調査(コホート研究)がきわめて重要です。 すでに調査開始時に、詳細なアンケート調査が行なわれ、遺伝子を含む様々な項目を調べる検 体検査および体重、血圧、腹囲などの身体計測のデータが集まっています。
5年ごとに再調査 が行なわれ、比較検討される予定です。この研究によって、緑茶が動脈硬化やがんの予防に対 してよい効果をもたらすことが一層明らかになると期待しています。
(静岡県掛川市立総合病院消化器内科 鮫島庸一)